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東京高等裁判所 平成10年(行コ)44号 判決 1998年9月10日

控訴人

神奈川県相模原県税事務所長

可知教和

右訴訟代理人弁護士

岡昭吉

右指定代理人

大島雅弘

外三名

被控訴人

甲野太郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文と同旨

第二  事案の概要

次のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一 原判決七頁八行目<編注本誌一七六頁二段三一行目>、八頁八行目<同一七六頁三段一一行目>及び二一頁九行目<同一七八頁一段一七行目>の各「相続」並びに一五頁一行目<同一七七頁二段一二行目>の「包括贈与」をいずれも「包括遺贈」に、八頁八行目<同一七六頁三段一一行目>の「相続税法」を「地方税法」にそれぞれ改める。

二  一二頁九、一〇行目<同一七七頁一段九行目>の「若干の遺産」を「本件不動産を除く預貯金等の遺産」に改め、一三頁四行目<同一七七頁一段一八行目>の「原告に」の次に「、その余の預貯金等の遺産を二郎及び三郎にそれぞれ」を加える。

三  一六頁六行目<同一七七頁三段三行目>の次に行を改めて次のとおり加える。

「さらに、被控訴人は、相続債務の承継を問題とするが、夏子が相続債務のみを相続した場合、夏子は、遺留分の減殺又は相続放棄をして、その不利益を免れることができるし、そもそも、亡花子は、格別の債務を負担していなかったのであるから、相続債務については、亡花子の意識外のことであったというべきである。」

四  二一頁一行目<同一七八頁一段六行目>の次に行を改めて次のとおり加える。

「さらに、亡花子は、消極財産である相続債務を法定相続人である夏子に負担させることを考えておらず、したがって、本件遺言の真意は、亡花子の一切の権利義務を被控訴人らに承継させることにあったことは明らかであるから、被控訴人らが亡花子の包括受遺者であることは明らかである。」

第三  当裁判所の判断

一  事実認定は、次のとおり訂正するほか、原判決二四頁一行目<同一七八頁二段二〇行目>の「前記争いのない事実」から二九頁七行目<同一七九頁一段七行目>まで記載のとおりであるから、これを引用する。

1  二六頁四行目<同一七八頁三段二二行目>から同九行目<同一七八頁三段三〇行目>までを「よいかなどを被控訴人に相談していた。被控訴人は、大学法学部を卒業後、昭和四一年四月に東京都の地方公務員に採用され、都税事務所に勤務して、不動産取得税の課税も担当したことがあり、右相談に乗っていた。その際、亡花子は、被控訴人に対し、自分が死亡したら、墓参りは被控訴人がしてほしいという話もしており、被控訴人もこれを受諾していた。なお、亡花子は、明治三八年生れで、戦前から戦後にかけて、一時、民生委員をしていたことがあるが、相続等の法律について特に知識があるわけではなく、また、死後の遺産の処理については、被控訴人以外に相談をする相手はいなかった。」に改める。

2  二六頁一〇行目<同一七八頁三段三二行目>の「同年の」から二七頁三行目<同一七八頁四段二行目>の「原告らは、」までを「被控訴人がその葬儀を執り行い、葬儀費用約一七六万円を負担した。そして、同年九月末ころに四九日の法要を終え、同年一〇月ころに便箋に綴られた本件遺言書の存在が明らかになり、被控訴人において手続をして、」に改める。

3  二八頁一行目<同一七八頁四段一五行目>の「なお、」及び同六行目の「遺産分割協議を行った結果、」をいずれも削り、同四行目<同一七八頁四段一九行目>の「七六〇〇万円」を「七五〇〇万円」に、同五行目の「原告らは、」を「被控訴人は、」に、同一〇行目<同一七八頁四段二九行目>の「成立し、」を「成立したとして、二郎及び三郎とともに、」にそれぞれ改める。

4  二九頁一行目<同一七八頁四段三二行目>の「右協議内容に従い、」の次に「本件不動産並びに動産(家具等一式二〇万円)及び電話加入権(六万円)を取得したほか、」を加え、同六、七行目<同一七九頁一段四行目>を「その残余金約二〇〇〇万円を取得し、前記葬儀費用のほか、本件不動産に係る未払固定資産税等約九万円を負担した。なお、亡花子には、他に債務はなかった。被控訴人は、前記のとおり税務等の法律知識があったので、他に相談することもなくひとりで、以上の遺言書の検認手続、登記手続、遺産分割協議書の作成、相続税申告手続、本件審査請求手続等をした。」に改める。

二 遺言者が遺言によりした財産の処分が、包括遺贈に当たるのか、特定遺贈に当たるのか、その遺贈の内容がどのようなものかなどは、遺言者の意思解釈の問題であるところ、その解釈に当たっては、遺言書中の当該文言を形式的に判断するだけでなく、遺言書を作成した遺言者の真意を探求すべきものであり、遺言書が複数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに当たっては、当該条項のみを他から切り離してその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の他の文言との関連、遺言書作成当時の事情等を考慮して、遺言者の真意を探求し、当該条項の趣旨を確定すべきである。

そこで、右観点から、本件遺言の解釈をするに、前記認定事実によれば、亡花子は、法定相続人である夏子が、自分が産んだ子でなく、事実上も疎遠となっており、かつ、亡一郎の全遺産を取得した経緯に照らして、被控訴人らにすべての遺産を承継させることを考えていたところ、被控訴人が昭和五二年ころから近所に住み、親しく付き合うようになっていったことから、自分の死後、被控訴人に墓所の管理等を委ねるとともに、本件不動産を承継、維持させる意向で、税務等の法律知識にも詳しい被控訴人に相談し、被控訴人から右意向に対する内諾を得て、遺言書の作成についても指導を受けて、本件遺言書を作成したものと推認される。これに対し、被控訴人は、本件不動産をもらう具体的な話はなかった、遺言書の書き方についての話はなかったなどと供述するが、亡花子の年齢(遺言時八九歳)、本件遺言の内容、特に、遺言の最後に被控訴人を「遺言シッ行者トスル」と記載されていること並びに前記認定の事実経過等に照らし、到底信用できず、右のとおり推認できる。

そうすると、本件遺言は、その第二文において、被控訴人に墓地の管理等を委ねる(民法八九七条一項但し書の指定に当たる。)とともに、遺産のうち最も重要なものと考えられる本件不動産については、法定相続人でない被控訴人に取得させることとしたもの、すなわち、特定遺贈をしたもので、その第一文において、残余の遺産について、法定相続人である夏子に相続させないために、特に取得割合を示さず、亡一郎の子である被控訴人らに取得させることとしたものであると解すべきである。それゆえ、被控訴人は、亡花子の本件遺言の右趣旨を承知していたので、その趣旨に沿って、被控訴人において本件不動産を取得したほか、本件不動産を除いた預貯金等の遺産について実質取得額がほぼ三分の一ずつになるように被控訴人ら三名間で配分等をしたものと認められる。

これに対し、被控訴人は、第一文による包括遺贈を前提とし、第二文で遺産の分割方法を指定したものであると主張するが、遺言による法定相続人に対する遺産の処分については、遺贈のほが、相続分の指定や分割方法の指定があり、原則として分割方法の指定(これに相続分の指定を伴うこともある。)と解するのが相当であるが、本件のように法定相続人でない者に対する遺産の処分については、法定相続分を観念し得ないものであるから、原則として遺贈と解するのが相当である(遺言者が遺言により特定の財産について遺産の分割方法の指定と同様のことをするためには、直接その旨の特定遺贈をすれば足りる。)。本件遺言の第二文は、遺産の処分とは全く別個の祭祀承継者の指定をし、これと一体となる形で遺産中の最も重要と考えられる本件不動産を特別の好誼のあった被控訴人に他の亡夫の子らと区別して取得させようとしたものであるから、遺言文の順序に従い、第一文のみを主に取り上げ、これを遺産全部についての被控訴人ら三名に対する平等の割合による包括遺贈と解して、第二文をもって、第一文に従たるものとして、遺産の分割方法の指定と解することは相当でない。なお、仮に第一文により(三分の一ずつの割合による)包括遺贈をしたとしても、第二文による特定の遺産(本件不動産)についての処分をもって特定遺贈と解する妨げとなるものでもない(同一人に対し包括遺贈と特定遺贈をすることは、妨げられないと解する。この場合に、包括受遺者は、遺留分を有しないので、特定遺贈が受遺分の二分の一以上を侵害するものであっても、減殺請求をすることはできない。すなわち、特定遺贈は、包括遺贈に優先することになる。)。したがって、被控訴人の右主張は、採用することができない。

また、被控訴人は、本件不動産の所有権移転登記手続から本件不動産の取得が包括遺贈であると主張するようでもあるが、遺贈を原因とする所有権移転登記手続は、包括遺贈であると特定遺贈であるとを問わず、登記権利者と登記義務者との共同申請によることを要し、遺言執行者が選任されている場合には、遺言執行者が登記義務者となるものである(乙三)し、そもそも、登記実務上、所有権移転登記手続がどのようにされるかなどによって本件不動産の取得が包括遺贈であるか特定遺贈であるかが決まるものではあり得ないから、被控訴人のこの点に関する主張は、失当である。

さらに、被控訴人は、相続債務の承継をも問題とするが、亡花子には、相続開始時において、本件不動産に係る若干の未払税金があったのみで、他には全く債務負担をしておらず、したがって、本件遺言において相続債務のことは全く念頭になかったものと推認されるから、被控訴人のこの点に関する主張は、そもそも問題とならず、理由がない。

以上の次第で、本件遺言による本件不動産の被控訴人への遺贈は、特定遺贈と認められる(この場合に、第一文による遺贈を本件不動産を除いた遺産の一部の包括遺贈とするか、特定遺贈と解するかが問題となるが、いずれに解するかによって本件の結論を左右するものではないので、この点については触れない。)。

三  よって、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから、これを取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 杉山正己 裁判官 佐藤陽一)

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